スズキです。
先日、うちに牛乳配達の勧誘がやってまいりまして。
1人暮らしだし注文できないと思う、と話したのですが、勧誘のおじさんはとりあえず味見だけでも、牛乳やコーヒー牛乳など4本を置いていかれたのです。
飲めばわかる! という自信の営業手法なのかもしれませんが、申し訳ないなあ。僕、頼めませんよ。
瓶で飲む牛乳が美味しいというのはわかっているのです、僕も。本当はお願いしたいのです。
ただ、その上でなお、自分の生活サイクルと合わないかなあと思って注文できないわけで。数日家を空ける時なんかにいちいち注文停止を頼むのも面倒ですし。ご家族でお住まいの方にはいいでしょうけどね。うちの実家でも牛乳とってますし。
そういや、うちの父が子供の頃なんかは、近所の子供がよく牛乳を盗みに来たそうです。盗むっても持っていくのではなく、その場で飲んで逃げていくのだそうですが。
近所のどいつがやっているのかはだいたいわかったそうですが、現行犯でなければあまり問題にならなかったとか。その代わり昔の話ですから、見つかったらよそさまの子でもがっつり怒られるそうですが。
うちの父は戦中生まれですから、今ほど子供の栄養状態も良くなかったそうです。盗んでいた子もいたずら心ばかりではなく、本当に何でもいいから飲み食いしたいという気持ちもあったのでしょう。
「その子」ったって、いまだ存命の60代のおっさんなわけですが。
以前に父が、車ですれ違って挨拶したおじさんのことを「あいつ、子供の頃うちの牛乳盗み飲みしてたんだよなぁー」って言っていましたし(笑)。
セピア色の中で貧しい盗み飲み少年を思い浮かべるとほのぼのしますが、「あいつ」と具体的におっさんを見せられると、「牛乳返せこの野郎」とお東陽作品風に言ってみたくなるから不思議です。この世で美しいものは思い出だけなのでしょうか。
話しは逸れましたが、まあ、そんなわけで、瓶牛乳の味や風情を好ましく思いつつも取ってあげられないのでした。置いていかれた牛乳だけは有難く飲ませていただきます。
オフィス街のヤクルトおばさん(ヤクルトレディー)みたいに、単品で買えたりするのなら、たまには頼むのになあ。
僕、街を歩いていて、普通に呼び止めて買ったりしてますもの、ジョア。カートを押して歩っているところを呼び止めて、その場で「ジョアください」と言うと売ってくれます。
牛乳を売り歩いている車もありますが、なぜかタイミングが合わないんですよね。買おうと思うとどっか行っちゃってる。やはり歩きや自転車などで牛乳を売り歩くのがいいと思うのです。誰か一緒に新しい牛乳屋さんを始めませんが。さすらいカレーならぬ、さすらい牛乳。広告文も作りますぜ。
などとたわけたことを言っておりますが。
飲食物を売るときはお東陽イラストは避けたほうがいいかなあ、と思いつつ、ほいではまた。
2006年10月06日
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/24958983
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック
http://blog.seesaa.jp/tb/24958983
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック


なんだか申し訳ないし、パックよりも瓶のほうが美味しいから注文してあげたいのですけどねー。
定期的に持ってこられても困ってしまいまして。
ミルク瓶を持って牛乳屋さんに買いに行く、なんて形式にするしかないのでしょうか。なんか割高になりそうですが。
食料品全般配達というのはありますが。
しかし牛乳パックの開けにくさは
なんとかならんのか!
なぜペットボトルじゃないの?
そうなんですよね。うっかりすると、牛乳配達の存在を忘れそうになっていることもあります。
牛乳パックも値段によっていろいろ品質があるのでしょうね。安い飲み物だと本当に開けにくいです。